映像研には手を出すな!|大童澄瞳

小規模事業者の経営者、特に、やりたいことがあるのにまとまらない、実現しないという創業期の会社の経営者、何かしなければならないのに、できない理由ばかり出てきて進めないという過渡期の会社の経営者におすすめしたい一冊です。

目次

アート思考の源流、ミンツバーグの副読本として

経営の3要素を、面白おかしくイメージできる一冊

この本は、アニメ制作にかける三人の高校生、アニメを作りたくて小さな頃から設定画を書きためてきた浅草みどり、カリスマ読者モデルでありながらアニメーター志望の水崎ツバメ、金儲け第一主義の金森さやかを主人公とした群像劇です。

この三人の活躍ぶりを通じて経営(マネジメント)に求められる3つの要素をわかりやすくイメージできるところが、今回おすすめにあげる理由です。

3つの要素とは「アート」「クラフト」「サイエンス」

経営に求められる3つの要素とは、「アート(直感)」「クラフト(経験)」「サイエンス(分析)」です。これは、経済学者のヘンリー・ミンツバーグが著書「マネージャーの実像」などで述べているものです。

具体的には、アートは、直感を通じた洞察やビジョンを生み出す要素、クラフトは、目に見える経験にもとづいて、マネジメントを地に足のついたものにする要素、サイエンスは知識の体系的な分析を通じてマネジメントに秩序を生み出す要素であり、さらにこの3つが適度にブレンドされていることが大切だとしています。

「マネージャーの実像」(H・ミンツバーグ)より作成
経営に求められる3つの要素
  • アート:直感を通じた洞察やビジョンを生み出す要素
  • クラフト:目に見える経験にもとづいて、マネジメントを地に足のついたものにする要素
  • サイエンス:知識の体系的な分析を通じてマネジメントに秩序を生み出す要素

この3つの要素は、ここ数年話題になっている「アート思考」の源流になった考え方としてあちこちで取り上げられているので、ご存じの方も多いかもしれません。

アートが提示する世界観をクラフトの技とサイエンスの知識で具現化

劇中のセリフに見るアート、クラフト、サイエンス

前項で述べたように、登場する3人がアート、クラフト、サイエンスの要素を具現化している点が見どころです。

それぞれのセリフから見ていきましょう。(漫画作品なので引用によるネタバレは最小限にしたいと思い、第1巻からごく1部を紹介します)

まず設定担当の浅草みどり。

「私が考えた最強の世界。それを描くために私は絵を描いているので設定が命なんです」

第1巻 P26

「私が考えた最強の世界」とは彼女の直感にもとづく世界観(ビジョン)で、劇中でも設定画として提示されます。そして、この世界観の実現に残りの二人を巻き込んでいきます。また、ところどころで見せる思考の突破力も見事で、まさにアートの要素を具現化しているキャラクターと言えるでしょう。

次にアニメーター志望の水崎ツバメ。

世の中にはリアル志向の動画があるんだよ。演技は素朴でも写実的な動画は十分見栄えするよ。

第1巻 P108

事象を観察しアニメーションとして再現する観察力と技術を追求する姿勢はクラフトの要素であり、さながら事業の土台を支える職人を思わせます。

最後に金森さやか。

我々にはジブリやディズニーのようなブランドもないので、ジャンルで宣伝しないと金になりませんよ

第1巻 P60

知名度がないので「女子高生がヒロインのSF超大作!」のようにジャンルで訴求する必要があるというわけですね。弱みをカバーする訴求ポイントを的確に挙げています。ここではマーケター的な素養をのぞかせていますが、ロジカルな言動でチームに秩序をもたらす存在感は、サイエンスの要素そのものです。

「マネージャーの実像」(H・ミンツバーグ)より作成

この三人(三要素)が共鳴し、時にぶつかり合いながら、「最強の世界」を実現するための制作資材や予算を獲得すべく周囲を巻き込んでいく疾走感が本作の魅力です。

三要素が揃うと推進力が生まれる

ミンツバーグは、三要素はバランスよくブレンドされることが大事で、逆に二つの要素だけしかなく、残り一つの要素が置いてけぼりになってしまうのも問題があるとしています。

この視点で本作を見ていきます。アートの浅草とサイエンスの金森は中学時代からの旧友として描かれていますが、この二人ではどこにもいけません。クラフトの水崎が加わることでチームが動き出します。冒頭のコインランドリーの場面、浅草の妄想を三人で共有するセリフにからチームに推進力が生まれたことが認められます。

「何か見える?水崎氏」「なんとなく遠くに」「最強の、世界・・・」

第1巻 P31

一方、サイエンスの金森が不在になると、浅草と水崎が部室で宴会を始めてしまう場面も逆の意味で象徴的です。

「浅草さんが「会議もいいけどまずは宴がいい」「金森氏は小言が多いから鬼の居ぬ間に宴会しよう」って。(水崎)

第1巻 P58

創業期や過渡期の経営に見られるバランス不足

この三要素が大事なことは、私も支援経験で実感しています。

例えば、創業期の会社の場合「自分のこれまでの経験を活かして、こんなことを実現したい!」という創業者の強い想いが推進力になっているのですが、反面、その思いを外部に説明し調整する経験がなくて離陸に難航している場合があります。

また、長年にわたって事業を営んでこられた会社では、社会の変化に対応して何か変革を起こさなければいけないことはわかっているものの、これまでの経験などが足枷になって前に進みにくいというお話もよく伺います。

私は、第三者の立場から、これらのケースに共通するのは、サイエンスが不足していたり、アートが薄まっていたり、というようにバランスが整っていないことにあると見ています。

お伝えしたかったこと

実はミンツバーグが副読本なのか

本作を副読本にすると、ミンツバーグの経営論の理解が面白いほど進むことをお話ししたのですが、むしろミンツバーグを先に読んでおくと、この本の面白さが倍増しますので、ミンツバーグを副読本にしてもいいかもしれません。

バランスが整っていないかもしれないとお感じの場合

第三者の立場から、アート(理念やビジョン)の再確認や、サイエンス(分析や戦略策定)などを支援できる中小企業診断士などの専門家の利用をお勧めします。

ご紹介した本
  • 「映像研には手を出すな!」(第1巻)大童澄瞳、小学館ビックコミックス、2017年1月
  • 「エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論 」ヘンリー ミンツバーグ (著) 池村 千秋 (翻訳)、日経BP 2014年9月

「映像研には手を出すな!」は、2023年7月に最新刊である第8巻が出版されました。大人の一気読みもおすすめします。

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