妄想美術館|原田マハ・ヤマザキマリ

小さな会社の社長におすすめしたい、ビジネス書ではない“もう一冊“をご紹介しています。今回は「妄想美術館」(原田マハ、ヤマザキマリ、SB新書、2022年)。アートに関心があるけれど敷居が…という人はもちろん、ブログやSNSで「何を書けば良いのか分からない」などの理由で手が止まってしまいがちな方にもおすすめしたい一冊です。

目次

アートへの敷居を下げてくれる一冊

アートの前で腕組みをしてしまう私たち

数年前に「ビジネスエリートはなぜ美意識を鍛えるのか」(山口周、光文社)がベストセラーになりました。そこでは経営におけるアート(美意識)の重要性とともに美術館に通うビジネスエリートが取り上げられました。最近はアート思考というキーワードもよく目にします。しかし一般的には美術や美術館、アートというキーワードに敷居の高さを感じることも多いのではないでしょうか。

今までアート小説を書いてきたプロセスのなかでも、敷居が高いというイメージからアートを避けている方が多いように感じています。

第2章 終わりなきアートの迷宮

アートに感じる敷居は何かというと、それは作品を読み解かなければいけないという、生真面目な義務感ではないでしょうか。私たち見る側が勝手に設けてしまった距離感のようなものと言っていいでしょう。美術館で作品の前で腕組みしていたりしませんか。私はきっとしています。

子供のようなピュアな気持ちで、ただ向き合えばいい

著者の原田マハ氏とヤマザキマリ氏は、ともに小説や漫画の作家であると同時に画家や研究者のバックグラウンドを持っていますが、声を揃えて、子どものようにピュアな気持ちで、ただ向き合うことを勧めています。

なんの知識もなく、アーティストが作った作品と向き合うとピュアに楽しめる。この人はルネサンスの偉大な画家だとか、近代美術の礎をつくった人だとか、そんなことは考えず、子どものような純真な心のままで楽しむと、新しいアートの世界を受け入れられるんじゃないでしょうか。

第2章 終わりなきアートの迷宮

アートはビジュアルですから、名前すら分からなくてもビジュアルそのものを楽しんで、自分の心になにを語りかけているのか感じ取るのが大事ですよね。そこから一段進むと、アーティストと友人関係ができて、相手のことをもっと知りたくなるじゃないですか。(中略)知れば知るほど、画家や作品に親しみが湧いてきますし、友達関係も深まっていきます。

第2章 終わりなきアートの迷宮

私たちは作品を「お芸術」として構えて見てしまいがちです。まず美術館という場を楽しむ。作品の前で腕組みをせずに、自分の直感に任せてただただ眺めて感じてみる。そのように楽しめるといいですね。そして、気になった作品があったら作家や作品が描かれた時代などに思いを馳せてみる。

でも、著者が勧めるように子どものようにピュアな気持ちで楽しめるといいのですが、子どもの頃からはだいぶ時間が経っていますし、その間に気持ちには色々な事柄がまとわりついていているのが私たちです。

レオナルド・ダ・ヴィンチをレオ様と呼んでみる

直感に任せてアートを楽しむところから始めたいのですが、すぐには難しい。私たちの心には色々な事柄がまとわりついています。そんな私たちに、本書はヒントも残してくれます。作家の人物像から入ってみるのです。

例えば巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチ。完璧主義と思われている彼ですが、その人物像を知ると作品の見え方がガラリと変わるそうです。この本の中では親しみを込めてレオナルドと呼び、巨匠のエピソードが多数紹介さていますので、ぜひ本を開いて確かめてみてください。私はレオ様と呼んでみることにしました。

ヤマザキマリ氏が、作家の人物像を美術館の団体旅行客に紹介するシーンも印象に残ります。

(略)説明の焦点をちょっと変えてみることにしました。こっそりマイノートにボッティチェッリの悪口を書いていたダ・ヴィンチ、僧侶でありながら駆け落ちした美しい尼さん女房を聖母のモデルにし、マリア様をマルベル堂のアイドルのように描くという変革をもたらしたフィリッポ・リッピ。するとどうでしょう、みなさんの絵画を見る目が画期的に変化したではありませんか!

あとがき ヤマザキマリ

アートにはそれを描いた作家がいて、その作家が生きた時代などの背景があることを意識すると、私たちが勝手に設けてしまった距離感は縮まることでしょう。

美術館やアートを楽しんで、表現について理解を深めたい

小規模な会社の経営者は、外部に情報を発信する立場もかねていることがほとんどですし、担当がいる場合でも全体を統率しなければなりません。「表現」についてもっと理解したい、と思っている方は多いのではと思います。アートに触れることは表現を考えるとても良い機会になりますので、この本をきっかけに、肩肘張らずに美術館を楽しんでいただければと思います。

作品と作家や背景の関係をビジネスの参考にしてみる

「中の人」が見えると、顧客の親近感は高まる

本書から受け取れることを別の視点でご紹介します。

アートと、その作家や時代などの背景の関係は、ビジネスでは製品やサービスを提供している「中の人」や、それが生まれた「背景」(思い、ストーリーなど)に当てはまりそうです。

私たち(売り手ではなく「買い手の立場」での私たち)は、製品やサービスの「中の人」が見えると親近感を覚えます。例えば、小売店や飲食店で働くスタッフの姿からは、働きぶりから人物像が伝わってきますし、その店には親近感を覚えやすくなります。親近感を覚えると通いやすくなりますね。また、その製品やサービスを生み出す際の苦労話や裏話などを知ると、共感を覚えて応援したくなるものです。

(これが「売り手の立場」に回ると分からなくなってしまい困るのですが)売り手としては、「中の人」として人物像を見せることや製品にこめた思いや経緯を語ることが顧客の親近感につながり、親近感が来店や購買につながることを意識したい、ということです。

ブログやSNSは「中の人」の人物像をみせる最適な手段

そして、ブログやInstagramなどSNSの投稿は、まさにこの目的にぴったりな手段と言えます。「中の人」の働きぶりや思い、その製品が生まれた背景を伝える手段として位置付けて運用すると、まず「何を書いたら良いのかわからない」という悩みは解決できますし、読んだ人は共感や親近感を覚えて気持ちの距離が縮まり、来店や購買に結びつきやすくなるという効果も期待できます。

共感や親近感を伝えるブログの書き方については、以下の記事で詳しく紹介しています。

著者の原田マハ氏とヤマザキマリ氏

最後に著者について。著者の原田マハ氏とヤマザキマリ氏は、冒頭でもご紹介しましたが、ともに小説や漫画の作家であると同時に画家や研究者のバックグラウンドを持っています。そんなお二人ですが、子供の頃に目にした「モナ・リザ」の印象は「怖い」。それが研究などを通じて作家の人物像を知った後は親しみを込めてレオナルドと呼んでいじり倒しているところも興味深い部分です。

「妄想美術館」原田マハ・ヤマザキマリ、SB新書、2022年

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