「売上さえ増やせば自然と経営は上向く」——。この考えが本当に正しいのか、著者は私たちに問いかけます。そして、持続可能な経営のために、なぜ「粗利」に注目すべきなのか、具体的な方法とともに示します。
この本をお勧めしたい人
頭では「利益が大切」とわかっているのに、つい売上の数字に目が行ってしまう。そんな経営者の方に、ぜひ読んでいただきたい一冊が『粗利だけ見ろ』(中西宏一著)です。
本書は、経営において最も重視すべき指標は粗利(売上総利益)であると説きます。単なる売上の追求ではなく、粗利を基準とした経営判断の重要性を、著者の豊富なコンサルティング経験をもとに解説しています。
なぜ売上にこだわってしまうのか
「売り上げさえ増やせば自然と経営は上向く」——。一見もっともな考えに思えますが、本書はこれを「売り上げ至上主義」と呼び、その落とし穴について警鐘を鳴らしています。
著者は、この考え方の問題点を野球に例えて、とても分かりやすく説明しています。
闇雲に売り上げアップを狙うということは、野球に例えるなら来た球を全部打ちにいくようなものです。利益が出ないボールはボール球なのですが、売上のみを目指す会社はそういう球も全て打ちに行きます。だから打ち損じが増えて、無駄にアウトが増えるわけです。
第1章、30頁
この野球の例えは、実務でよく見られる状況を的確に表現しています。サービス業で言えば、過度な値引きやクーポンで集客を図るケース。製造業では、採算を度外視した受注。これらはまさに「ボール球を打ちにいく」状態と言えるでしょう。
さて、私は長年、中小企業の経営支援に携わってきましたが、売上至上主義に陥る背景には、企業の成長ステージによって異なる要因があると考えています。
創業期は、将来への不安が売り上げに目を向けさせる
創業期は「費用>利益」の状態が続きます。事業を軌道に乗せるまでには相当な時間と資金が必要になりますので、独立時に準備した資金は日々減少していきます。この状況下では、経営者は将来への強い不安を抱えることになるでしょう。そのため、経営者は「とにかく売上を立てなければ」という焦りから、とにかく売上を求める傾向が強まります。
しかし、この時期はそれでよいと思います。固定費は発生するものの、仕事量自体はまだ少なく時間的余裕があるからです。
私は独立したての頃、先輩から「仕事は断るな」と教えられました。理由は3つ。一つは、仕事を紹介してくれる人との関係を大切にすることが将来の仕事につながること。二つ目は、右も左もわからない時期に仕事の幅や可能性を広げる機会になること。そして三つ目は、創業期には仕事量が少なく、仕事の質を向上させるための時間があること。
つまり様々な仕事に挑戦することで「選球眼を磨く」機会になり、自社にとって「どのような仕事が利益を生むのか」「自社の強みは何か」を見極めていく大切な期間になるということです。この時期から各案件の粗利を意識し確認する習慣をつけることが重要であり、創業期の「打ち損じ」にも、重要な学びの価値があると考えています。
成長期は、足元への不安が売り上げに目を向けさせる
成長期に入ると規模が大きくなりますが、著者は以下のような指摘をしています。
環境の面では、会社の規模そのものが大きくなっていくほど、売り上げ至上主義になる傾向が見られます。例えば個人事業主や個人で店を営んでいる人で、売り上げ至上主義になる人はあまり見られません。(中略)ただ会社が大きくなっていくと「規模を大きくしたい」と言う欲求がどうしても表に出てくるようになります。社員10人なら50人、売り上げ1億なら五億を目指そうと言う気持ちが強くなっていくものなのです。
第1章、38頁
私の経験からは、必ずしもすべての経営者が「規模の拡大」を目指しているわけではありません。しかし、製品やサービスの質を維持・向上させていくためには、ある程度の「事業の大きさ」が必要になってきます。例えば、専門性の高い人材の確保や、品質管理体制の構築、研究開発への投資などです。その意味では、適切な規模の拡大を目指す経営判断は、むしろ健全だと言えるでしょう。
ただし、事業が成長していく過程では、人件費や家賃、設備投資のための借入金返済など、固定費の負担が増えていきます。さらに、社会の変化に対応するための新商品開発や新サービスへの投資も必要になります。こうした状況下では、売上の確保に意識が向きがちになってしまうのです。
では、この状況を打開するには何を見ればよいのか。著者は「粗利」にこそ注目すべきだと説きます。なぜ「粗利」なのか、その理由を次に見ていきましょう。
粗利を見ることの重要性
では、なぜ粗利に注目すべきなのでしょうか。まず、企業の利益にはいくつかの種類があることを確認しておきましょう。
損益計算書には、総利益(粗利)、営業利益、経常利益、純利益などが並びます。
この中でなぜ「粗利」が重要なのか。著者は以下のように説明しています。
非製造業の場合は、一般管理費を見れば目標が分かります。製造業の場合は、一般管理費と製造人件費・製造固定費を見ていくら稼げば良いか計算し、その金額を目標にします。
第2章、61頁
これは、まず「営業利益トントン」を目指しましょう、ということです。
一般的に、営業利益が黒字かトントン(ゼロ)の場合、事業が「概ね」うまく回っている状態にあると言えます。これは、売上から原材料などの原価、人件費や家賃などの費用をすべて賄えているということを意味するからです。なお、「概ね」というのは借入金の利息(営業外費用)や税金はあるけれど、大枠で事業の仕組みが成り立っているという意味です。1
この考え方を数式で表現すると分かりやすくなります。営業利益は「粗利-販売管理費」で表されますから、営業利益をトントンにするためには「粗利=販売管理費2」であればよいことになります。つまり、自社の販売管理費と同額の粗利を確保できれば、事業は概ね健全に回っているという指標になるのです。なお、製造業の場合は、販売管理費に固定的費用である製造人件費・製造固定費を加算して考えます。
決算書の販売管理費を見れば、目標とすべき粗利がすぐに分かる。この明確さは、経営者の方々にとって非常に分かりやすい指標のはずです。
このように粗利に注目する利点は、必要な利益水準が明確になることです。では、具体的にどうすれば必要な粗利を確保できるのか。著者は「各商品を売ったり、各現場が仕事を受注した際に『いくら儲かるか』を考えること」が重要だと指摘します。この実践方法について、次のセクションで詳しく見ていきましょう。
利益を生み出すための具体的なアプローチ
必要な粗利を確保するために、何から始めればよいのでしょうか。著者は極めてシンプルな提言をしています。
重要なのは、各商品を売ったり、各現場が仕事を受注した際に「いくら儲かるか」を考えることである。この1点に尽きる。
私は経営支援の現場では、まずは「できることから始める」ことをお勧めしています。具体的には、商品やサービスごとに粗利率を確認し、その商品やサービスを提供したときに「いくら儲かるか」を考えることを提案しています。
野球の例えに戻れば、これは「ストライク」を選ぶ目を養うということです。売上は大きくても利幅の少ないものは、いわば「ボール球」。これらは優先順位を下げ、確実に利益を出せる案件、つまり「ストライク」を見極めていくのです。
一つひとつの商品やサービスについて、丁寧に粗利を確認していく。この小さな積み重ねが、やがて経営における重要な判断基準となっていきます。新商品の開発方針、営業戦略の立案、設備投資の判断など、すべての意思決定において「どれだけの粗利が確保できるか」という視点が活きてくるでしょう。
このほかにも、本書には社内での意識共有方法や、会議の資料作成から運営まで、利益重視の経営を実践するための具体的な方策が数多く紹介されています。
- ただし、個人事業主の場合、販売管理費に事業主の取り分(生活費などの報酬)は含まれていないため、営業利益でトントンの場合は生活できません。そのため、必要な生活費を加えて考える必要があります。 ↩︎
- 引用部分には一般管理費とありますが、本稿では便宜上、販売費及び一般管理費を含めて販売管理費としており、ほぼ同義としてて扱っています。 ↩︎
売上ではなく、粗利を重視した経営判断が持続的な成長の鍵となります。各商品・サービスの粗利を丁寧に確認し、それを判断基準とすることで、より健全な経営の実現が可能です。著者の豊富な経験に基づく実践的なアドバイスは、多くの経営者にとって価値ある指針となるでしょう。
- 「粗利だけ見ろ 儲かる会社が決して曲げないシンプルなルール」中西宏一、幻冬社、2018年12月